三輪テツヤが肺がん説は真実か?嫁の正体から歴代の髪型一覧も紹介!

チャーリー閣下
待たせたな。貴様の希望、チャーリー閣下だ。

 

引用元:http://ent2.excite.co.jp/music/interview/2007/spitz/my.html

 

今日は、貴様が知りたがっているスピッツについて話をしよう。

 

スピッツは4人組バンドとして知られているが、中でも特異な存在感を示しているのが三輪テツヤであろう。

 

スピッツと言えば、楽曲もルックスも大人しいイメージがあるが、そのイメージから逸脱しているのが三輪テツヤだ。

 

長髪、派手なファッション、サングラス・・・およそスピッツらしい要素はないように思えるこの男。

 

しかし、スピッツにとっては欠かすことのできない大切なメンバーであることは間違いなかろう。

 

では、独自の雰囲気を醸し出すこの男について話を聞かせてやろう。

 

略歴

 

スピッツとして活動は始めたのは1987年。

 

メンバーである草野マサムネ、田村明浩、﨑山龍男、三輪テツヤの4人が進学のために上京し、結成された。

 

1991年のメジャーデビューまで、新宿ロフトや新宿JAM、渋谷ラ・ママなどのライブハウスで活動を続けていたようだな。

 

スピッツは草野マサムネのボーカルや歌詞表現が高く評価され、他アーティストにカバーされることが多いことでも知られているぞ。

 

引用元:https://blogs.yahoo.co.jp/kaito_spitz/GALLERY/show_image.html?id=1786347&no=1

 

三輪テツヤがメンバーと出会ったのは、ベースの田村明浩が最初で、小学校6年生の時である。

 

中学時代に田村ともう1人のメンバーを加えた田村バンドを結成しているから、音楽に対する興味は子供の頃からあったようだな。

 

さらに、文化服装学院ファッション工科の専門課程、アパレルデザイン科を卒業し、ファッションへの関心も強いようだ。

 

この時、フォークソング部にてドラムの﨑山龍男と出会っているぞ。

 

こうした縁もあり、のちに三輪は、スピッツ最後のメンバーとして、﨑山龍男に入ってくれないかと電話で頼んだ逸話がある。

 

それほど、﨑山のドラム技術は高いものだったということだな。

 

スピッツは楽器の演奏技術が高いことでも知られているが、若い頃からの音楽活動も関わっているのであろう。



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プレイスタイル

 

三輪テツヤはアルペジオの名手として名を馳せているが、スピッツの名を世に知らしめるきっかけとなった「ロビンソン」までは、アルペジオ一辺倒のプレイスタイルに不安を感じていたようだな。

 

しかし、「ロビンソン」がブレイクしたことで自身のプレイスタイルに自信を持つことができたようだ。

 

作曲も手がけており、「月に帰る」「死神の岬へ」「鈴虫を飼う」「リコシェ号」「花泥棒」「宇宙虫」などを担当。

 

なお、通常は「三輪テツヤ」と名前はカタカナ表記にしているが、作曲の時には本名である「三輪徹也」を使用している。

 

見た目は非常に派手で、メンバーの誰よりも目を引くが、プレイは丁寧で基本に忠実なものである。

 

少し意外な気がするが、派手な演奏や動きをすることはないようだな。

 

実はライブで派手な動きやパフォーマンスをするのはベースの田村明浩の方なのだ。

 

音楽に受けた影響

 

三輪テツヤは音楽好きで、少年時代には「HR/HM」に傾倒し、キッスのコピーバンドを結成していたようだぞ。

 

また、レインボーのファンでもあり、クラッシック調のアルペジオで繰り広げられるバッキングが好きだったことが、現在のアルペジオ好きにもつながっているようだ。

 

レゲエも好きで、三輪の個性的なファッション面に影響を及ぼしているようだな。

 

使用機材

 

スピッツファンはもちろん、音楽好きであれば使用機材も気になるところであろう。

 

三輪がメインで使用しているのは68年製のGIBSONレスポール・スタンダードである。

 

これは、ファンの間でも有名な1本となっているようだ。

 

引用元:http://www.artist-gear.info/2016/08/blog-post.html

 

この他には、2000年製とおぼしきヒスコレの59レスポールやエピフォンのカジノが使用されることもあるようだぞ。

 

また、アンプはDivided by13(ディバイデッド・バイ・サーティーン)のRSA2323を使用。

 

2台持ちで、クリーンとクランチを使い分けていたようだ。

 

エフェクターに関しても数が多く、フリーザートーンのPCー90、TCエレクトロニックのノヴァ・ディレイ
ライン6のDL4や、アイバニーズのCSー505、マクソンのAD-900など豊富である。

 

 

歴代の髪型

 

三輪テツヤは、その派手な髪型でも注目されている。

 

全体的に落ち着いた雰囲気のスピッツにあって、三輪テツヤは一見すると浮いて見えることだろう。

 

実際に三輪は、友達から「本当に好きな音楽をできているのか」と疑問を投げかけられたことがあるほどだ。

 

もちろん、当の本人はスピッツの音楽がやりたくてやっているのだが、やはり見た目とのギャップは否めないな。

 

また、三輪の髪型はシングルを出すごとに変わると言われるほど頻繁に変化するため、メンバーいわく、三輪の髪型を見ればどの時期のスピッツだか分かるという。

 

いやはや、ここまで来るとすさまじいものがあるな。

 

では、三輪テツヤの個性的な髪型をおおまかに紹介してやろう。

 

引用元:http://hrocks6969.xyz/archives/6769283.html

 

引用元:http://visual-matome.blog.jp/archives/1063726242.html

 

引用元:https://ameblo.jp/spiberu/image-10537202986-10545628032.html

 

引用元:https://ameblo.jp/spiberu/image-10537202986-10545628032.html

 

引用元:http://www.instagramator.com/media/1516758142234787720_3239630371

 

まだまだあるが、これだけでもどれほど個性的な髪型をしてきたか、垣間見ることができよう。

 

 

ルックスと髪型、その強い個性とは裏腹な演奏技術は、これからも目が離せないであろう。

 

三輪テツヤの嫁は?

 

スピッツは、ボーカルの草野マサムネを除いて全員が結婚していることでも知られているな。

 

三輪テツヤの嫁が誰なのか気になるところだが、情報は出ていないようだ。

ということは一般人らしいな。

 

しかし、一児の父親であることはわかっているぞ。

 

非常に個性的な父親だが、バンドの時とはまた違った顔を見せているのであろう。

 

ファンとしては、気になるところかも知れないが、そっとしておいてやろう。

 

肺がんを告白

 

三輪テツヤは、肺がんを煩っていたことも告白している。

 

ファンとしても驚きの事実であろうが、2006年に初めて人間ドックで早期腫瘍が見つかり、即手術をしたということである。

 

このことは会報でも報告しており、現在は通院しながら活動を続けることを伝えているぞ。

 

また、全国ツアー中には同じ肺がんで父親を亡くしたことも告白。

 

メンバーの1人が病気になるというのは、バンドにとってもファンにとっても非常に気がかりなものだ。

 

しかし、きちんと報告し、真摯に向き合う姿勢こそ、ファンとバンドをつなぐ上で重要なことなのではなかろうか。

 

三輪テツヤの行動は、スピッツメンバーにとってもファンにとっても、非常に意味のあることだったろう。

 

今年50歳を迎えるスピッツのメンバーたち。

 

今後も心身共に健康に、ファンに音楽を届けてもらいたいものだな。

 

 

チャーリー閣下
それでは失敬する。また会いに来てくれたまえ。手土産などは気にする必要はないぞ。ハッハッハ


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