武豊の有馬記念の成績や引退レースは?未出走の翌年の大地震は本当か?

チャーリー閣下
待たせたな。貴様の希望、チャーリー閣下だ。

日本を代表するジョッキーで、オグリキャップのラストランや北島三郎オーナーの持ち馬であるキタサンブラックでの活躍など印象に残る活躍も多い武豊。

そんな武豊は有馬記念で有名場の引退レースに出走をしている、そして有馬記念に未出走の歳の翌年に大地震が来ているといううわさもある。

今回は武豊の有馬記念の成績や引退レース、地震の噂などについて紹介しよう。

有馬記念とは

引用:https://news.yahoo.co.jp/byline/satoshihiramatsu/20171226-00079722/

まずは有馬記念について紹介しよう。

有馬記念はJRAの1年を締めくくるレースで、1956年(昭和31年)に「中山グランプリ」の名称で創設された。

日本ダービーや天皇賞に負けない人気のあるレースで、人気投票の上位馬10頭と残りの枠は「通算収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGI競走における収得賞金」の総計が多い順に出走できる。

有馬記念の有馬とは中山グランプリの創設に尽力した有馬頼寧からとられている、第1回中山グランプリが終了した次の年の1月に急逝した有馬頼寧の功績をたたえて第2回から有馬記念の名称になった。

国際競馬統括機関連盟(IFHA)が公表した「世界のトップ100GIレース」の2016年の発表で、世界13位、日本国内で1位の名誉あるレースである。

年末に行われるという特性から、ここを区切りに引退をする名馬が多数いる、その中にはあのアイドルホースであるオグリキャップの名前もある。



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武豊の有馬記念の成績は?

馬名 人気 着順
1988 スーパークリーク 3 失格(3)
1989 スーパークリーク 2 2
1990 オグリキャップ 4 1
1991 メジロマックイーン 1 2
1992 ヒシマサル 3 9
1993 ベガ 6 9
1995 ナリタブライアン 2 4
1996 マーベラスサンデー 3 2
1997 マーベラスサンデー 1 2
1998 エアグルーヴ 2 5
1999 スペシャルウィーク 2 2
2000 アドマイヤボス 6 5
2001 トゥザヴィクトリー 6 3
2002 ファインモーション 1 5
2003 リンカーン 4 2
2004 ダイタクバートラム 5 4
2005 ディープインパクト 1 2
2006 ディープインパクト 1 1
2007 メイショウサムソン 1 8
2008 メイショウサムソン 4 8
2009 リーチザクラウン 5 13
2011 レッドデイヴィス 6 9
2012 トレイルブレイザー 9 13
2013 ラブイズブーシェ 12 4
2014 トーセンラー 8 8
2016 キタサンブラック 2 2
2017 キタサンブラック 1 1

武豊が初めて有馬記念に騎乗したのが1988年、スーパークリークは3番であった。

最後の直線で斜行(他馬の進路を横切って邪魔をする)してしまい、メジロデュレンの進路を妨害、失格となってしまった。

初めて有馬記念に勝利したのが1990年、今なお語り継がれるオグリキャップのラストランである。

そして2006年に今は種牡馬として競馬会を席巻しているディープインパクトで勝利、記憶に新しい2017年は北島三郎オーナーのキタサンブラックで勝利を収めている。

武豊が騎乗した引退レース

引用:http://number.bunshun.jp/articles/-/38153

武豊が有馬記念で騎乗した引退レースをピックアップして紹介しよう。

オグリキャップ

まずは何といっても外せないのがオグリキャップである、競馬を知らない者でもオグリキャップは誰でも知っている、そんなアイドルホースだった。

今でもオグリキャップの名前だけは知っているという者もいるかもしれないな。

オグリキャップの人気の理由は、地方競馬出身であることが挙げられる。笠松競馬場から中央競馬へ移籍し、エリート軍団をなぎ倒すさまでファンの心をつかんでいった。

オグリキャップ以前では同じく地方競馬出身のハイセイコーが社会現象となる話題になったこともある。

そして武豊が騎乗した有馬記念、オグリキャップは怪我などもあり成績が低迷、すでに終わった馬と認識している者も多数いた。

実際に4番人気だったオグリキャップ、その馬券を買った者も勝つと思って買ったわけではなく、オグリキャップのラストランに思いをはせて記念馬券を買ったという者も多かった。

レースでは最後の直線で突き抜けたオグリキャップ、実況もオグリキャップの名前を連呼し、レース終了後は場内がオグリコール一色となった。

キタサンブラック

そしてもう1頭ピックアップするのはキタサンブラックだ。

北島三郎オーナーの愛馬キタサンブラック、北島三郎は実はかなり昔から馬主をしていた。

長い馬主生活でなかなかG1を勝てる馬を持つことができず、初のG1勝利となったのがキタサンブラック、馬主生活47年目で初のG1勝利というのはなかなかにロマンあふれる話だな。

G1勝利後場内で「まつり」を熱唱する北島三郎の姿は話題となった、そして武豊はこの馬で悲願の凱旋門賞に挑戦したいと直訴をする。

しかしそれはかなわずに終わってしまった、今でもキタサンブラックが海外挑戦をしていたらどうだったのだろうかと考える者もいろうかもしれないな。

有馬記念で有終の美を飾ったキタサンブラック、種牡馬となり自身を超える後継馬を作ることができるのか注目だ。

武豊が有馬記念に騎乗しないと次の年は大地震が来る?

引用:http://biz-journal.jp/gj/2017/11/post_5009.html

武豊が有馬記念に騎乗しないと大地震が来るといううわさがある。

実際に武豊が有馬記念に騎乗をしなかったのは1994年、2010年、2015年の3度である。

そして1995年には阪神淡路大震災、2011年には東日本大震災、2016年は熊本地震。

これはただの偶然であろう、もしなんらかの力が働いているのだとしたrた、武豊の引退後が不安である。

チャーリー閣下
それでは失敬する。また会いに来てくれたまえ。手土産などは気にする必要はないぞ。ハッハッハ








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