小泉孝太郎の学歴は?慶応ではない?出身大学や高校・中学は?

2019年10月8日

元総理大臣の小泉純一郎の息子、小泉孝太郎の学歴について色々と語られている様だ。

総理大臣の息子だから高学歴に違いないという噂もあるが、芸能活動も割と若いうちからやっていた小泉孝太郎だから、実際のところどうなのだろうか。

慶応という噂もあるが、出身大学や高校、中学まで小泉孝太郎の学歴について調べてやったからありがたく思え。

小泉孝太郎とは?芸能入りしたきっかけは?

引用:https://wakaikoro.com/koizumikoutarou/

小泉孝太郎とは、元内閣総理大臣の小泉孝太郎を実父に持つ、俳優、タレントである。

1978年7月10日生まれの現在40歳。AB型。

父親は言わずと知れた第87〜89代の内閣総理大臣だ。

ルックスはかなり良い。イケメンでスタイルも良く、歳を感じさせない爽やかさがあるが、俳優としては様々な役を演じている。

そんな小泉孝太郎は、なぜ芸能入りしたのだろう?

父親が総理大臣だから、厳格な家庭で育ち、芸能入りなんて言語道断という印象だが、父親はどう思っているのか。

小泉孝太郎が芸能界にデビューしたのは、2002年。24歳の時である。

父親である小泉純一郎が内閣総理大臣を務めていたのが、2001年~2006年だから、まさに総理大臣時代に芸能界デビューしている。

そのため、世間の反応も大きかった。

確かに、総理大臣の息子が芸能界デビューするなんて、国民もびっくりだ。

そして、知っている人も多いが、小泉孝太郎の弟、小泉進次郎は、父親と同じ政治家、そのほかにも小泉家は、数々の政治家を生み出している。

ならば、小泉孝太郎は、政治家にならなくてもよかったのか。

実は、小泉孝太郎は、幼いころ、そのことで非常に悩んでいた。

自分には政治は向いていない、と葛藤し、父親の小泉純一郎に相談したところ、「やりたいことを見つけなさい」と言ってくれた。

小泉純一郎は、自分の息子に自分の考えを押し付けるのではなく、自由に生きて欲しいと思っていたようだ。良い父親ではないか。

ということで、俳優になりたいという夢を持った小泉孝太郎だが、2000年に受けたオーディションでは、残念ながら二次審査で落とされてしまっている。

当時受けたオーディションは、「21世紀の裕次郎を探せ」

顔もイケメン、スタイルも良い小泉孝太郎が、なぜ落とされてしまったのか。

その理由としては、身長が180cmより低かったことだ。

小泉孝太郎の身長は、177cm。あと3cm身長が高ければ、21世紀の石原裕次郎になれていたかもしれない。

ちなみに、21世紀の石原裕次郎は、徳重聡だ。身長が187cmと、高身長だ。高身長のうえに、顔立ちもはっきりしている。

小泉孝太郎は、どちらかというとさわやかな塩顔、徳重聡は、彫りが深い濃い顔だから、身長も相まって隣に並ぶと少し見劣りしてしまうのかもしれない。

残念ながら、2000年のオーディションは落ちてしまったが、次の年の2001年に、転機が訪れた。

父親が、総理大臣に就任。それを機に小泉純一郎の息子イケメン説が浮上し、芸能界から一気に声がかかった。

そこから、数々の俳優業をこなして、現在にいたっている。

家族構成は?父親似?母親似?

引用:https://hiroidaichi.com/archives/675

小泉孝太郎の父親は、誰もが知っているであろう、元内閣総理大臣の小泉純一郎。

弟も、現在政治家として活躍している、小泉進次郎。

この兄弟は、似ていると思うが、個人的には、父親にはあまり似ていない感じがする。

父親はたれ目な印象が強いが、息子たちは、割とつり上がり気味な目をしている。

では、2人は母親似なのだろうか。と思ったが、これまで母親についてあまり聞いたことがない。

母親は誰なのだろうか。

調べてみると、小泉孝太郎の母は、宮本佳代子という人らしい。しかし、現在は離婚している。

小泉純一郎と、宮本佳代子は、結婚5年で離婚した。

当時は、長男の小泉孝太郎は5歳、次男の進次郎は2歳、そして、宮本佳代子のお腹には、3人目の子もできていた。

結果、小泉純一郎が、上2人を引き取る形になった。

2人が小さいころの離婚だったため、2人は、小泉純一郎の姉に育てられた。

母親の宮本佳代子がこちらだ。

たしかに、父親よりは母親似な気もするが、両親のいいとこどりをして生まれて来たようだ。非常に羨ましい。

小泉孝太郎の学歴は?本当に高学歴なの?

引用:https://www.chiyodamegane.com/blog/the_good_wife/

小泉孝太郎の学歴を調べると、日本大学が出てくる。本当なのだろうか。

日本大学に入学したのは本当だが、実はその後、中退している。

小泉孝太郎は、日本大学に、二浪して入学した。二浪ということは、単純計算で、20歳頃に入学したということになる。

大学の学部は、経済学部の夜間部。しかし現在は廃止されている。

いつ頃中退したのかは定かではないが、予想としては、芸能界にデビューし、忙しくなってきた頃だと思われる。

芸能界入りしたのは、2001年くらい、二年浪人後の入学ということは、大学2年くらいで中退したと思われる。

中学や、高校についても調べてみた。

中学校は、関東学院六浦中学校。ここは、中高一貫校のため、高校も同じく、関東学院六浦高校。

はっきりとした偏差値の数字は出されていないが、推定54。

子供の頃から野球が好きで、よく父親と一緒にキャッチボールをして遊んでいた。

高校に入ると、硬式野球部へ入部し、甲子園を目指していたが、高校3年の時、腰を負傷し、野球ができなくなった。

子供の頃から好きだった野球ができなくなるのは、相当つらかっただろう。

腰の負傷の原因は、椎間板ヘルニアになりかけていたそうだ。今は大丈夫なのだろうか。

野球の他にも、小学校時代は水泳も習っていた。

また、俳優や歌手として活躍している上地雄輔とは、幼馴染で、小さい頃からよく遊んでいた。

上地雄輔も野球好きで有名だから、一緒に野球をしていたのだろうか。

上地雄輔とは、親同士が仲がよく、幼馴染として遊んでいたが、本当に親友と呼べるほど仲が良くなったのは、18歳ころ。

現在も仲が良く、あまり頻繁には会えていないようだが、ラジオなどに出演して、仲が良さそうなトークもしている。

大人になると、子供の時に仲が良かった友達も、なかなか会えなくなってしまう。そこから疎遠になるケースも少なくないが、この2人は、よほど気の合う友達なんだな。

小泉孝太郎は慶応大学ではない

引用:https://www.sankei.com/premium/news/160110/prm1601100017-n2.html

先ほども言ったように、小泉孝太郎は、日本大学であり、慶応大学ではない。

では、なぜ慶応という噂がたったのだろうか。

調べてみたところ、小泉孝太郎の父親、小泉純一郎が、慶応大学出身のようである。

そのことから、じゃあ小泉孝太郎も慶応なんじゃないの?という噂が出来上がってしまったのかもしれない。

父親が政治家だったこともあり、コネで入学できそうと思った人もいたようだが、小泉家はそんなことはしなかったみたいだな。

そして、何より、小泉孝太郎自身が、どうしても日本大学に行きたかった理由が何かあるのかもしれない。

高校まで、一貫校の関東学院だから、大学も関東学院にそのまま入る人も少なくないだろう。

それでも二浪してまで行きたかった大学が日本大学だったということだ。

日本大学に行きたかった理由や、そこまでしても行った大学をなぜ中退してしまったのかも気になるところだが、その情報は明かされていなかった。

ただ、中退理由活動がやはり芸能活動が忙しくなったのだろう、と思っている。

まとめ

今回は、小泉孝太郎について調べてみたぞ。

母親については、幼い頃に離婚しており、父親の姉に育てられた。

弟が2人いるが、一番下の弟とあったのは大人になってから。

学歴については、慶応という噂もあったが、実際は、日本大学に2年浪人して入ったのち、中退している、という情報が正しい。

ただ、中退理由や、時期については、明らかにされていない。

小学校から高校までは、一貫校である関東学院だった。

俳優や歌手の上地雄輔と仲が良い。

どうだ、さわやかイケメン俳優として人気の高い小泉孝太郎についていろいろわかっただろう。

またなにか情報が入ったら書いてやるから、また見に来い。






















小泉孝太郎,芸能

Posted by jopper