YOSHIKI 芸能

YOSHIKI慈善活動はすごい!寄付額も驚愕!なぜお金持ち?財源は?








YOSHIKIと言えばX JAPANのドラム、ピアニストそしてバンドのリーダーとして脚光を浴び、ヴィジュアル系ロックバンド界の歴史的人気バンド!

今YOSHIKIは一体どんな活動をして、多額の寄付が出来ているのか?

そしてありとあらゆる環境へ寄付をしている!

その心境や財源、活動状況を調べてみた。

YOSHIKIのプロフィール

引用元:https://yahoo.jp/-FT-Gi

YOSHIKIプロフィール
  • 出生名:林 佳樹(はやし よしき)
  • 別名:五十嵐美由姫 立花香流 橘朋実 白鳥瞳 白鳥龍 白鳥麗
  • ニックネーム:よっちゃん
  • 誕生日:1965年11月20日 54歳(2020年6月19日現在)
  • 出身地:千葉県館山市
  • 身長:175cm
  • ジャンル:ハードロック ヘヴィメタル ハードコア トリップ・ホップ ポップ クラシック
  • 職業:ミュージシャン  音楽プロデューサー 実業家
  • 担当楽器:ドラムス ピアノ キーボード ギター シンセサイザー
  • 活動期間:1989年~
  • レーベル:ソニー イーストワールド プラチナム V Project X Project
  • 所属事務所:ジャパンミュージックエージェンシー YSKエンタテイメント ウィリアム・モリス・エンデヴァー
  • 公式サイト:https://www.yoshiki.net/
  • Instagram:https://www.instagram.com/yoshikiofficial/
  • YouTube:https://www.youtube.com/user/yoshikiofficial

YOSHIKIは千葉県館山市の老舗呉服店の2人兄弟の長男であり、弟は元俳優の林光樹は現マネージャーである。義妹に元新体操日本代表選手の松野ちかがいる。

9歳ですでにピアノで作曲などもしているのだが、トランペットやギターなど毎年誕生日プレゼントには楽器を買ってもらっていたらしい。

高校生の時に音楽大学を目指すため本格的にピアノに時間を費やしてきたそうだ。

そんなYOSHIKIだが、キッスの『ロックンロール・オーバー・ツアー』の日本武道館の公演を観に行った事がきっかけでヴィジュアルロックバンドに魅了されたと言う。

1989年にメジャーデビューしたヴィジュアル系バンド(X JAPAN)である。

当時の所属は、1986年に設立したインディーズのレコード会社「エクスタシーレコード」は、LUNA SEA、GLAYなどを輩出している。

2005年には日本国際博覧会(愛知万博)の公式イメージソングも務めたり、日本有線大賞の最優秀新人賞や、全日本優先放送大賞の最優秀新人賞、そして第4回日本ゴールドディスク大賞の最終新人賞なども受賞している。

そして1993年のX JAPANのアルバム『ART OF LIFE』からバンドのプロデューサーも務めていた。

ここまででYOSHIKIは努力家であり、多彩な才能を持っている事が感じられる。

そんなYOSHIKIが実際、慈善活動をいつからしてきたのだろうか?








YOSHIKIの慈善活動はいつから?きっかけは?

引用元:https://yahoo.jp/c1pI9r

まず特に積極的に動いているのは、遺児救済活動である。

1995年にはすでに、阪神淡路大震災の被災地の小中学校にピアノを10台寄付している事が分かった。

つまり、X JAPANデビューしてから6年後にはすでに慈善活動は始まっていたようだ。

そして、2010年7月には基金『Yoshiki Foundaion America』を設立した。

ここでは、遺児の保護や難病を抱える子供の救済を目的としており、その支援を継続的に行える場を作ることが目標で作られたのだ。

YOSHIKIは10歳の時、父親を自殺で亡くしている。

その衝撃は酷く、自殺願望をもっていたり、死ぬのも怖くないという気持ちがあったようだ。X JAPANのコンサートでは身を削るようプレイスタイルにファンも熱狂。

ステージで倒れることもあったようだ。

そして右手の腱が半分切れていると医師に告げられドラマーとしての危機も体験している。

そしてYOSHIKI no悲劇はここで終わらない。

メンバーのHIDEとTAIJIと言う仲間の死、さらにToshiの洗脳騒動。

YOSHIKIの経験は壮大で、だからこそ新たな目標と常に作り挑戦を止めないようだ。

『人の倍では足りない。人の3倍やって初めて成功の一歩に近づける』

この努力や挑戦の原動力は父親の死や仲間の死、そして彼らの想いも自身の目標に変えたという。

『この世の中に存在する以上、みんなの何かしらの使命感を抱いて生まれて来たと思う』

「死んでもいい」と思っていたYOSHIKIが壮大な経験を原動力に変えたことで色んな世界を見てきた。

YOSHIKIは一人一人に生きる原動、希望、目標を見つけてほしい。

そんな想いから本格的に慈善活動を始めていた。

それにしても、YOSHIKIの寄付額はすごい!!








YOSHIKIが今まで行った寄付は?寄付額もすごい?!

引用元:https://yahoo.jp/rw_Z-L

YOSHIKIがどんな事に寄付をしているか。

1995年 阪神淡路大震災、被災地にピアノの寄贈。

2009年 X JAPAN香港公演の『X JAPAN WORLD TOUR LIVE IN HONGKONG』で200人の孤児を招待し、地元の非営利団体の仁愛堂にコンサートの利益の一部を寄付している。

四川大地震の被災地と孤児院を慰問し、仮設校舎の敷地内に音楽室を立てたり、ピアノやオルガンなど色んな楽器の寄贈をしてる。

2010年 グラミー・フェンデーションや聖ヴィンセント・ミールズ・オン・ホイールズ。メイク・ア・ウィッシュ・オブ・アメリカに寄付

そう、YOSHIKIは寄付先の規模が大きい!まだまだある。

2011年 東日本大震災の被災地への寄付は、コンサートなどでもYOSHIKI自身が愛用していたカワイのクリスタルピアノ「CR-40A」やほかにも多数Yahoo!JAPANのチャリティーオークションに出品し、なんと落札金額を全額を日本赤十字に寄付している。

ちなみに、ピアノだけで11,001,000円で落札されている!!

2012年、2013年、2014年にもチャリティーオークションでの落札金額を寄付。

2016年には熊本地震も設立『Yoshiki Foundaion America』を通して、日本赤十字社に1000万の寄付。

2017年はアメリカのテキサス州を襲ったハリケーンの被害にアメリカ赤十字社に寄付している。

2018年では6月28日から7月8日にかけて西日本中心豪雨被害が起こりそれに向け3日後の7月11日には日本赤十字社に1000万もの寄付している。

同年24時間テレビ初出演で、11歳の盲目の少年と日本武道館で2曲ステージで披露した際も、ギャランティは無し。

さらに同年に北海道胆振東部地震への寄付を1000万寄付している。

2019年 京都アニメ―ション放火殺人事件でも1000万の寄付

台風15号で千葉県房総半島に甚大な被害を襲ったがこちらでも1000万の寄付。

そして新型コロナウイルス関連でも寄付や自宅で食事が用意できない高齢者などにも食事を届けるサービスを支援している。

数々の寄付金額が大きくて電卓では数字が出ないほどと言っても過言ではない。

あっという間に一億超えているぞ。

YOSHIKIはそもそもなぜそんな多額の寄付ができるのか?








YOSHIKIはなぜ金持ちなの?財源は?

YOSHIKIは音楽活動、プロデュースあたりで収入を得ているのかと思っていたが、それだけでここまでの寄付かできるのだろうか?

色々調べたら知らない一面も出てきたぞ。

まずみんなも想像できるYOSHIKIの収入源から言うと、CDの売り上げやカラオケや著書の印税。

もちろんCD売上、ライブ売上、コラボ商品、プロデュース業。

彼の著作権はレコーディング会社ではなく、個人が所有しているからという。

それ以外では、ハリウッド映画での音楽監督、自身が所有するL.Aのレコーディングスタジオ使用料などだ。

ここにとどまらず、着物ブランド「YOSHIKIMONO」の立ち上げや、おいしいのにお値打ち!と言うコストパフォーマンスが高くて人気の「Y by YOSHIKI」はワイン好きから、ワインが苦手だった人たちからも注目を浴び人気のアイテムと言う。

幅広く活動して、尚且つすべてにおいてプロフェッショナル。

数々の努力と数々の才能を世に送り出していることが、複数の財源であり、またその財源が新しい才能を作り出しているようだ。








まとめ

YOSHIKIの壮絶な人生は捉えからによって、苦労が絶えないとも言えるが、すべてをエネルギーに変えたストイックさは超一流で本物のアーティストであり、本物の実業家である。

そして波乱万丈がYOSHIKIに自身の在り方と、人の無限さを伝えるすべと慈善活動のきっかけのようだ。

 






















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